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休まられる事のない、あなた。


南無阿弥陀佛

今朝も4時に目が覚めて、部屋から出たら驚きました。

部屋の中の方があたたかいのです。

おかしい、エアコンかけて寝ていたはずなのに。

温度計に目をやれば25度。

ついに始まってしまったというのか・・・気温の下降が。

これから年末に向けてあれよあれよと寒くなるのでしょうか、ああ恐ろしい。

暑ければ寒いが良いと言い、寒ければもう少しぬくい方が好ましいと言う。

外は清々しい風が吹いて下さっておりますが、私の煩悩は今日もゴウゴウと燃えております。


8月15日。

午後2時過ぎからの「不要佛具焼却供養法会をもちまして、今年度立法寺のお盆おつとめがひと区切りとなりました。

この度も多くの御同行御檀家の皆々様と御念佛の御縁に恵まれました。

控えめに言っても暑くないなんて事無く、大変でないなんて事無いお盆のおつとめ。

しかし、短い期日の内にたくさんの御方に遇わせて頂けるこの有難さは言葉に尽くせません。

よう来たなぁと門戸をひらいてお迎え下さるあの瞬間。

あの御方この御方をお顔を合わす刹那の空気。

御縁ござればまた来年の晩夏、残暑を思い知りつつ、共に御念佛申し上げたいと念じて止みません。

扨、この後は「第7回 流しそうめん」が控えており、お盆前から続けてきた準備の仕上げをボチボチしておりますが、ワタクシどこか気持ちがゆるんでおります。

立法寺年間行事の内でも大きな御法縁であるお盆が終わって、ホッと一息。

ちょっと涼しくなって下さったのも相まって、たるんでます、控えめに言っても。

しかし冒頭で申し上げた通り、私の煩悩は四六時中、どんな瞬間にも沸き起こります。

意識していようと、意識しまいと関係なく。

外からやってくるのではなく、この自身の内からおこるのですから手が付けられません。

忙しい時も、ホッと一息のその間にも、私にはそれだけの煩悩が、この身体に満ち満ちているのです。

しかし私はそれがわかりません。

どんなに愚かしく、どんなに悲しまれる姿だという事も。

それがどれだけの御方を傷付けているかという事実にも。

如来様は、そんな私を悲しまれ、寄り添われ、必ず目覚ましめる道を選ばれました。

自身の愚かしさを悲しみ、真実に目覚めさせんと願い誓われて、私の味わうよろこび、かなしみ、その全てを通じて私に喚び掛け続けていらっしゃるのです。

ですから如来様には、ホッと一息つかれる御暇はありません。

どんな時でも、この私ひとりの為、皆々ひとりひとりを救う為にはたらき続けられます。

その「我が名を申せ」との御喚び掛けの大音声は、今日も私に響き続けて下さるのです。

決して倦まれる事無く、弛まれる事無く。

その声のむなしくない事に目覚ましめる時、いよいよ私のむなしさを思い知らされるのです。

煩悩は無尽なるがゆえに、法灯もまた無尽である。(川瀬和敬 師)

合掌

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