いつもと違う、が当たり前。

2018/10/02

南無阿弥陀佛

 

はからずも金木犀の香りがたちこめて参りました。

 

花はまことにまことに小さきものですが、

三大香木のひとつに数えられ、古くから「千里香」と称えられるのは、

その香りが遠くまで届くからであるそうです。

 

この花の咲く時、無神経に足がはえているような私にまで、よくぞ漏らさず香りを届けて下さったなぁとの有難い悲しみを慶ばせて頂くのです。

 

 過日、秋季永代経を恵まれました。

 

初日 金曜日は穏やかな秋晴れ。

ぽかぽかのお日様に見守られながら、有難く授かりました。

 

中日 土曜日は雨模様。

しかしながら沢山のおひとと共におつとめをさせて頂き、

念願であった岡崎 妙源寺の安藤章仁 師に御説教二席を賜り、至福のひとときでありました。

 

そして最終日であった9月30日(日)は、

台風24号チャーミーさんが駆け付けられるとの報を受け、初めての一般参詣中止とさせて頂き、予てよりお預かりしておりました一般申経と総経は、私と坊守、そして子供達とで授かる事と相成りました。

これに伴い(私が)楽しみにしていた第五回合同説教会も延期とせざるを得ず、誠に残念至極の事であります。

 

 

 

準備は万端(のつもり)だった。

台風さえ来なければ、予定通り出来たのに!

嗚呼ままならぬ。ままならぬ・・・。

 

・・・ともすると、私の中に恨み節が、ゴゥゴゥと台風以上の音を立てながら湧き出します。

思い通りにならないと、私はこんなにも巨大な黒い渦をおこすのです。

 

 


しかし、あんなにも大きな台風も、自身の好きに動けるわけではありません。

台風は、私には到底はかり知られない気象の理に沿って動いているだけなのですから。

そこには初めから善悪の分別など無く、ただ風が吹いているのみ、です。

 

 

 

この度の永代経は「私の予定」と大きく異なるカタチとなりました。

 

しかし思い通りにいかない事実そのものが、「私の予定通りに進むのが善い」という思い上がりを打ち砕く、智慧なる御念佛の慈悲なるおはたらき。

 

永代にわたって脈々と受け継がれてきた御念佛は、嵐という大音声となって、私を包みます。

私は為すすべもなく、共なる風となるのです。

 

 

合掌

 

 

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