忘れものはあるか。

2018/03/02

南無阿弥陀佛

 

 

日中晴れ間のお天道様がいよいよポカポカとして下さってます。

花粉や何やらの飛散で目は潤みますが、恵まれたる暖かさに口元が緩みます。

 

 

 

ウチには小学2年生になる娘っ子がいてくれるのですが、

登校の際、玄関を出た所で振り返り、よく「忘れ物ない?」と聞いてくれます。

 

ランドセルの中身、授業の準備は前日の内に自身でばっちり準備をしておりますから、

そもそも私に問う必要もない事柄のように思うのですが、よく聞いてくれるのです。

 

私は決まって「大丈夫だよ」と声をかけます。

よく分かってなくても、とりあえず「大丈夫」と済ますのが私の得意技なのです。

 

 

「忘れもの。」

 

覚えている事よりも、忘れてしまう事の方が容易い私ですが、

先師の御言葉に「忘れている時には 忘れものはない」というものがあります。

 

きっと自覚せず「忘れもの」にすらなっていない大切な事柄が、沢山あるのです。

忘れている事すら忘れている悲しみに気付く事なく、

今日もまた誰かに迷惑を掛けています。誠に申し訳ないことです。

 

 

もしも、その中で、幸いにも気付いた事柄が1つでもあるとするならば、

それは私の手柄であるはずがありません。

 

忘れてばかりの私に、気付かせるべく、

私に願いをかけ、はたらいて下さっているあなたのおかげさまなのです。

 

 

「忘れておった、忘れておった。」

 

忘れものは悲しい限りですが、

忘れていたことに気付かされた喜びを噛み締めたいですね。

 

合掌

 

 

Share on Facebook
Share on Twitter
Please reload

ソーシャルメディア
  • Facebook Basic Square
  • Instagramの社会のアイコン

​©2018立法寺