​修正会ってなに?

もういくつねると、おしょうがつー♪

お正月にはたこあげて、お寺で修正会だー♪

​え?駒を回して遊ぶんやろ?なに、修正会って?

もりちゃん、お寺でも新年の初参りがあるのって知ってる?

お寺って除夜の鐘をたたきにいくけど、新年あけて、わざわざはいかんよね?

​いやいやいや!実はお寺でも新年のお参りをしているんだよ。新年の始まりにお寺に行くのには意味があるんだよ!

お 正 月に 修 する法 会 なので、修正会と言います。仏前に座し、合掌礼拝し、お念仏を申し上げその教えを拝聴する、立法寺諸行事の始まりで、毎年1月1日の午前0時と、午前9時から勤修している法会です。

 この修正会には必ず『繙御書(ひもときのごしょ)』が拝読されます。「ひもとく」とは巻物の紐を解くという意味で、一年の始めに拝聴する御書のことです。

 年のはじめに当たって、忘れてはならない仏法の要が分かりやすく説かれており、克明に求道のこころを諭して下さっています。しかしながら大変長く、しかも古文で記されていますので、私は聞き取る事だけでも大変な印象を覚えました。

 

 そこで、今回はこの『繙御書』の要旨を箇条書きに表してみたいと思います。

1 生者必滅の道理。寿命は老少不定の世の中である。新年を迎えて喜んでも、気が付けば時は過ぎ、また一年が経ってしまう。一日一日を無駄に過ごさぬこと。

2 身にしてはならぬ事、口に言ってはならぬ事、心で思ってはならぬ事がある。身で行う悪(偸盗・邪淫・殺生)言葉の悪(妄語・両舌・悪口・綺語)

心に思う悪(貪欲・瞋恚・愚癡)・・・それぞれをなるべく限り慎め。

3 煩悩が身に満ちる私は、他力念仏の教えに依らねば浄土往生は遂げられない。この道を誓われた阿弥陀如来、この教えを伝承されたお釈迦様と七高僧の広大な恩徳に報謝せよ。

4 父母孝養の心を第一とし、没後は法事を怠ることなく報恩に勤めよ。

そして六親眷属むつまじく、互いに信心をみがくこと。

(参考:『ひとくち法話』真宗高田派宗務院編集)

・・・いかがでしょうか。しかし、これらは「~しましょう・心がけましょう」というただの目標ではありません。注目すべきは“3”で登場する≪私≫という言葉です。

 この≪私≫とは“1”も“2”も守れない、即ち【道理】も【慎み】も心得ない、煩悩具足の凡夫であるという、この点を押さえなければ、ただ綺麗な言葉を並べて、出来もしない事を言うだけの、薄っぺらな戯言になってしまいます。

 念仏の教えは真の≪私≫に目覚める教え。自覚された煩悩の身を慙愧すると共に、計り知れない仏法を正しく聴聞し、日々「おかげさま」の中に生きる事に謝する。

 このような求道のこころを年のはじめに聴くご縁、それが【修正会】なのです。

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